番外編(その6)

1973年から1996年にかけてFerrariはBerlinetta Boxerと呼ばれる水平対向12気筒エンジンをミッドシップに搭載した車を生産した。Enzo Ferrariは当初MRレイアウトの市販車はユーザーに取って扱いにくいと考えFR車にこしした結果一時期レースにおいて競争相手に遅れを取った。更にLAMBORGHINI COUNTACHが発表され最高速300Kmを誇示した。

そこでFerrariからの対抗馬として1973年に発表されたのが365 GT4/BBだ。4.4リッターのF12エンジンが搭載され387台が生産され最高速はCountachへの当て付けだろうが302Kmと発表された。実写の世界でもレアだがミニカーの世界でも超レアである。

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1976年に365 GT4/BBはアップデートされ512 BBとなった。エンジンも5リッターに拡大され929台が生産された。外観は365 GT4/BBとほとんど同じだが、両サイドにリアーブレーキ冷却用エアダクトが追加された。ミニカーの世界でもそれは確認出来る。

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1977年頃から512 BBによるレース活動も一部で行われたが当時のFerrariはF1に全力投球しており全てはプライベートチームからの参戦だった。そのベースとなったのが512 BB LM と呼ばれるモデルだ。空力の改良、軽量化、エンジンのチューン等が施されたが結局見るべき結果は残していない。当時の王者Porscheに比べ単純に遅かったのだ。

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1984年に512BBの後継車としてTestarossaが発表された。Testarossaとは”Red Head”という意味で赤く塗られたシリンダーヘッドから取られたネーミングである。驚くべきはそのボディーサイズ、特に横幅が2m近くありストリートでのドライビングにはさぞ気を使うことだろう。TestarossaもMiami Viceに登場しアメリカ市場では308シリーズに次いでポピュラーなFerrariとなった。コンペティターのLamborghiniもそうだが、この時代のFerrariはその市販車の成功とは裏腹にレーストラックでは見る影も無く、レースレディの市販車はPorscheの独壇場だった。

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Testarossaはその後512M、512TRとアップグレードされ1996年まで生産された。シリーズ合計での生産台数は約1万台に及び商業的には最も成功したFerrariとなった。

次はSupercarsと呼ばれるモデルを紹介しよう。