Posted by ykk on 23rd 9月 2006
既に山根博士が紹介されてますが、ここ香港では Smartone-VodafoneとCSLが下り3.6mbpsのHSDPAサービスを開始した。山根博士も隊員も、博士は使い放題隊員はプリペイドと違いはあるが数ヶ月前に開始された1.8mbpsのSmartone-VodafoneのHSDPAサービスには加入している。
昨日人柱隊の3馬鹿大将と博士で早速隣の Smartone-Vodafoneショップへ繰り出す事になった。博士は何とか今のサービスを3.6mbpsにアップグレード出来ないかとの淡い期待を胸に秘めてだ。隊員はと言うとこれまた秘策を胸に秘めていた。それは今持っているPCMCIAのHSDPAカードを売却して新しい3.6mpbsのUSBモデムを購入する事だった。
早速朝一番でBluetoothLeeさんことS氏に電話してHK$1,500でPCMCIAカードの売却交渉を成立させ、その足で ショップに向かった。TJ隊員の加勢にもかかわらず博士のアップグレード交渉は不発に終わった。そこで隊員はおもむろに3.6mbpsのUSBモデムをHK$2,488で購入した。Flexiと呼ばれるプリペイドプランで毎月最低HK$100かかるが50MBあたりHKA$100というプリペイドプランだ。
早速GHQに戻りPCに装着おきまりのスペードテストを行った結果、最高で1100kbpsしか出なかった。従来のカードに比較し100kbps強の帯域増幅しかなかった。博士の安堵の表情に比較し隊員の表情は一瞬こわばる。それではとSlingBoxを試してみた、こちらの方は明らかに画質の改善が見られたので何となく納得したという次第。
街中でTyTNに挿入し同じスピードテストを実施したが、こちらの方は700kbpsがベストだった。でもモバイルでこれだけ出るというのはやはりすごい!香港ではもうGPRS、EDGEは過去の太古の物ですな。
左が従来の1.8mbps対応のPCMCIAカード。右が3.6mbps対応の新しいUSBモデム
何となくこのUSBモデムかっこが良い。首にでもぶらさげるか。
もう一つ、常々隊員は何事にも薄さを追及してきた。特に電話である、分厚いボッチャリ型の電話で会話するなんぞ虫唾が走る。数週間前にやはりGHQ近辺をかっぽしてたら「これだー」と目に付いた電話があった。SamsungのX820というGSM対応モデルだ。香港では正規版は未だ発売されておらずシンガポールからの平行輸入版のようだ。即購入、それからは携帯電話とは7mm以下の厚さを言う、それ以上は電話じゃ無いとうそぶいている。
以前その薄さに感激飛びついたMotorolaのRazarV3と比較してくれ。

この薄さ感激だ!問題はカード感覚の為胸ポケットに入れておいてオクトパスカードと間違って出したり、落としたり、やはり何事にも問題はあるもんだ。
Posted in Unfiled | 1 Comment »
Posted by ykk on 17th 9月 2006
Ferrariのミニカーコレクションを紹介して来たが、最後にそのコンペティター達を紹介してこの番外編を終えたいと思う。Ferrariのコンペティターと言えばイタリアからは Maserati、Lamborghini、Detomaso、Iso、イギリスからはAston Martin、Jaguar、ドイツからはPorsche、Mercedes、アメリカからはCorvette等だろうか。昔から自分では一時期911Sに乗っていながらPorscheとMercedesにはほとんど興味が無く結果コレクションには紹介出来るような物が無い。もしPorscheファンがいたら申し訳無いことである。
Lamborghiniと言えば農耕機メーカーからスーパーカーメーカーになった事で有名である。Miuraで一躍世に知られたが、その以前にも高性能車を生産していた。その後Countach、Diablo、Murcielago等を世に出し続けている。下が有名はMiura、横置きV12エンジン等ベルトーネデザインの美しいボディーと相まって1966年発表時には大変な反響だった。

上がLamborghini 350GT、下が Miura

Miuraの後に登場したCountach、Canonball Runという映画でパトカー相手に見せた加速には度肝を抜かれた。

Countachの後継車として発表されたDiablo。この次のMurcielagoは赤のモデルが無く入手していない。

実はLamborghiniには隊員の大好きな車が一台ある。世界で唯一隊員が許せる4シーターの車Espada。1968年に登場し4シーターでありながら1100mmしかない極端に低い車高、実用的なトランクスペースまで確保してある。325bpsを発生する4リッターV12エンジンを搭載し250kmのトップスピードを誇る当時最速の4シーターであった。その低い車高からドライブシャフトに完全に分離されたバケットタイプのリアシート、最高の4シーターである。隊員の中ではこれ以外の4シーターはFerrariを含め車では無いのである。

Maseratiからは絶対にこの車Ghibliだ。330bpsを発生するV8エンジンを搭載しGiorgetto Giugiaroデザインのボディーで包む。1967年に発表され同時期に発表されたFerrari 365 Daytona、Lamborghini Miuraと当時の最高級そして最速GTカーの三羽烏だった。隊員はアメリカでGT500で遊びまわっていた当時一度このMaserati GhibliとSan FranciscoからSan Joseまでフリーウェイで他の車をぬいながら時には120mph以上で競い合った事がある。どちらが速い?隊員のGT500もチューンしてあったのでどちらが速いとも言えず両方速かった。だたやはりその優雅なボディーにはうっとりとさせられた。

昔イタリアのメーカーでDe TomasoとかIsoとかのメーカーも存在した。De Tomasoは今でも独立したメーカーとして活動している。代表的な車にMungusta、Panteraがある。共にボディーデザインはイタリアで行い、エンジンはアメリカ製のV8を使うという手法を取った。ボディーはミッドシップのかっこのよさ、エンジンはアメリカ製の大量生産品という事でメンテが容易というメリットがあった。De Tomaso Mungustaは1966年に発表されGiorgetto GiugiaroデザインのボディーにFord製4.7リッターのV8エンジンをミッドシップに置いていた。アメリカで友人がこのMungustaを所有しており時々借り出しては走らせていたが、アメリカンV8のおかげで低中速トルクが太く頻繁にシフトを繰り返す必要もなくかなり横着なドライブが可能だった。

1970年には後継車としてPanteraが発表された。同じく4.7リッターのFordV8を搭載し1994年まで20年以上の長きにわたり生産され日本でもかなりの人気を博した車である。確かあのサーキットの狼にも出てきたような。

Isoという同種のメーカーからの代表的な車にIso Grifoというのがあった。これは同じアメリカ製でもシボレー製の7リッターエンジンを積むというモンスターでもあった。

アメリカの代表はやはりCorvetteだろう。最新のモデルZ06はオールアルミ製の505bpsを発生する7リッターエンジンを積み、Ferrari等ヨーロッパのGTカーに比較しても遜色の無い性能を発揮する。

このムービーを是非見てほしい。ここで紹介した車の多数が実写で見られる。 特に Iso Grifoを見れるなんて本当にレアなのです。
長々とモバイルとは関係無い番外編にお付き合いいただき感謝。以上で隊員のミニカーコレクションの紹介を終える。実際にはFerrariコレクションも基本的にBerlinettaボディーを紹介したが、GTSもほとんど全てそろっている。Ferrari以外も一つを除き全て赤の物を紹介した。実はPorscheもAston MartinもJaguarもかなりの数を所有しているのだが赤が無いのである。レーシングカーもF1カー、ルマンカーとかなりそろっている。今後も珍しいミニカーを見つけたら紹介することにする。
最後に隊員は写真を撮るのが下手である。色々とアングルとかライティングを考慮して撮影すればもっと良い写真になったと思う。
Posted in Unfiled | 4 Comments »
Posted by ykk on 16th 9月 2006
最後にFerrariの中でもSupercarsと呼ばれるカテゴリーがある。そうだ、スーパーカーの中のスーパーカーである。その最初のモデルが 250 GTOだ。GTOとは Gran Turismo Omologataいわゆる真のGTという意味である。1962年から1964年にかけ36台もしくは39台が生産され現在何台現存するか不明だがそのほとんどは各国の収集家とか博物館に展示されている。オークションにもほとんど登場しない現在、もし登場したとしても数億円ではとても落札できないであろう。これが隊員の夢の中でもほしい車ナンバー1である。

世界で最も多く量産されたスポーツカーと呼ばれる日産の初代のフェアレディーZのデザインコンセプトのモデルとなったのもこの250GTOである。レースに勝つ事だけを目的に作られたこの車、チューブラーフレーム、Aアームのフロントサスペンション、ディスクブレーキ、3リッターV12エンジンと相まって1962年フロリダの飛行場をサーキットとしたセブリング12時間でデビュー後長年に渡り数々のレースを制して来た。この車こそGTの中のGT、世界最高のスポーツカーだ。
1964年に250 GTOはより戦闘力を高める為に空力を中心とした改良を受け3台が製造された。先端の3つのエアダクトがなくなり前後TreadとWheel幅が拡大され結果上記の250 GTOよりかなり幅広になった。 この改良型250 GTOは 63/64と呼ばれこの更にレアな3台のうち1台が日本の松田コレクションにある。ちなみにこの松田コレクション(箱根にある)の入り口を入るとドーンと置いてある 250 GTOは3/4縮尺のレプリカである。

250 GTOでツーリングクラスのレースで数々の成功を収めたFerrariだが、技術の革新も早く Le Mans 24Hで代表される長距離レースでのプロトタイプクラスでは既にミッドシップエンジンが圧倒的な速さを見せ付けていたし、GTクラスでもミッドシップエンジンの優位性はもやは動かぬ物になって来た。Ferrariは1963年のパリショーにて 250 LMをデビューさせた。当時のレギュレーションではGTクラス(いわゆる市販車)は最低でも100台の生産台数が必要だった。上記の 250 GTOは他の 250 GTと同一というFerrariの主張が通り(実際は全くの別物だった)GTクラスでのレース参戦が認められたが1964年にFIAは 250 LMも他の 250 GTと同一だというFerrariの主張を退けた。実際にも32台しか生産されずFerrariはこの 250 LMをGTクラスでのレースでの参戦をあきらめプロトタイプクラスでのレースに投入した。1965年の Le Man24時間では並み居るFerrariのファクトリーカーやFordのファクトリーカー(GT40)がリタイアするというハプニングがあったにしろプライベートチーム(North American Racint Team)から参戦した 250 LMが総合優勝を飾った。この1965年を最後に以後Ferrariは一度もLe Manで勝利していない。320bpsを発生する3.3リッターV12エンジンをミッドシップに搭載し最高速は300Kmに達した。この 250 LMも 250 GTO同様市場にはほとんど出てこない。出たとしてもやはり数億円という値段が付くだろう。この車のレースにおける寿命は長く Steve McQueen主演の Le Mansという1970年のLe Mansを題材にした映画でもPorsche 917とFerrari 512とのバトルの間に多数のプライベーターの 250 LMが見受けられる。

次にSupercarsと呼ばれるモデルは20年の年月を経て1984年に288GTOとして世に出た。奇妙な事にこの車はWRCのGroupBへの参戦を当初の目的として生産された。Ferrariに取ってメジャーなカテゴリーでは無いRallyへの参戦がどういう意味だったのか不思議だが、WRC GroupBへの参戦が認められる最低でも200台の生産台数を1986年に達成した時にはWRC GroupBというカテゴリーは消滅し結果一度もこの288GTOのRallyへの参戦は無かったが仮に参戦していたとしても4WDが主流の世界に何らかの実績を残せたかははなはだ疑問である。328のボディーをベースに3.2リッターでは無く2.8リッターのV8エンジンに改装された。容積は小さくなったがTwin Turboで武装され308、328がV8が横置きだったのに比較しこの288GTOは縦置きとされた。発表直後の価格はUS$9万だったのがその生産台数の希少さと性能から実際の販売価格は優にUS$100万を超えた。

1987年に288GTOの後継機種として発表されたのがF40だ。一部コンポーネントを共有しながらボディーは一新されFerrari史上最も高価格そして最速の車となった。その性能は現在においても遜色がない。Ferrariの創立40周年を記念したF40というネーミング、創業者Enzoがその生涯を終える寸前にFerrariのPorsche、Lamborghiniに代表されるライバルに比較して必ずしもパフォーマンスで優位に立っていないという危機感から特にPorsche959に対抗すべく計画されたProjectとなったF40。2.9リッターの石川島播磨重工製Twin Turboが付いたエンジンからは478bpsを発生しレーシングカーと同じDouble Wishboneサスペンションと相まって際立った高性能車ぶりをはっきした。日本ではバブルの真っ最中に輸入され確か当時最高4億円以上で取引された。当初400台という生産計画は達成後も強い需要があり結果1,315台が販売された。

1995年から1997年にかけてFerrariの50周年を記念して349台生産されたモデルがF50だ。288GTO、F40のターボチャージエンジンに代わりF1を基に開発された自然吸気NAの513bpsを発生する4.7リッター5バルブV12エンジンを搭載している。GT1クラスのレースへの参戦も計画されたがFerrariとしてF1にそのリソースを集中させた為にこれといったレースでの実績はない。Ferrariの大のお得意さまであるブルネイのサルタン用に1台特注された幻のF50もあった。

2002年から2004年にかけて400台生産されF60とも呼ばれるモデルがEnzo Ferrariである。F1のテクノロジーが随所に用いられている、カーボンファイバー製のボディー、オートマチックトランスミッション、カーボンセラミック製ブレーキディスク等がそれだ。Pininfarinaによってデザインされ担当したデザイナーが奥山清行という日本人である事はNHKの「プロフェッショナル」というTV番組でも紹介された。シャーシーナンバーZFFCZ56B000141920という車は2005年6月28日行われた2004年暮に太平洋で起こった津波の被害者救済目的のオークションでリストプライスの約2倍の95万ポンド(約2億円)で落札された。実はこの車(400台目)、さきほど亡くなられたバチカンのJohn Paul2世にFerrariの従業員、パートナー、Michael Shumacher、Rubence Barrichello等が共同で贈呈した車である。オークションで落札された金額は現在の教皇Benedict16世経由で被害者の救済に当てられた。その他判明しているこの車のオーナーにはEric Clampton、Michael Schumacher、Nicolas Cage、Paul Allen(マイクロソフトの創業者の一人)らの名前があり当然ながら全員かなりのお金持ちである。

2005年Ferrariは突如FXXというモデルを発表した。Enzo Ferrariをベースとしているものの、かなり研究開発的要素をもりこんでいる。エンジンはEnzoの6リッターから6.2リッターに拡大され馬力もEnzoの660bpsから800bpsへと増強されている。ギアボックスも最新のF1から取られておりギアチェンジに要する時間はたったの100msだそうだ。リストプライスは市販車として史上最高のUS$180万でそれまでの Schuppan 962CRというPorsche962ベースのカスタムカーが保持していたUS$150万を超えた。ちなみに史上第3位はMercedes-Benz CLK-GTRでこれもUS$150万である。このUS$180万という価格はあくまでリスト価格であり実際の取引価格は想像も付かない。FerrariはこのFXXを過去のFerrariオーナーから厳選した人達に既に販売済みでこの幸運な29人は今後の研究開発の一翼をになう訳だ。Enzo Ferrariもそうだったが、シート及びペダルの位置は一台づつオーナーの体格に合わせられた。オーナーはオプションとしてFXXの保管及び保守をFerrariに委託出来るそうだ。まずはモンツァで収録されたその走りのビデオを見てほしい。正に衣を着たF1カーが走っているようだ。

これらSupercarsを一堂に会するとこうなる。手前2台が 250 GTOで一番手前の 63/64モデルがオリジナルの 250 GTOに比べかなり横幅が拡大されたのが分かる。

次回はいよいよ最終回という事でFerrariのコンペティター達を少し紹介しよう。
Posted in Unfiled | 4 Comments »