亜洲モバイル人柱隊

ここでは香港在住・日本人3人がもてる技術と知識と資金をフルに投入し少しでも快適なモバイル環境構築を目指して日々奮闘する様を紹介する。

Archive for 9月, 2006

Treo650革ケース

Posted by buster on 30th 9月 2006

 昔、後楽園の温泉に行った時、Treo600が、ぴったり入るケースを購入した。大切にしていたTreo600とそのケースをトイレにて紛失してしまった。色々な場所でTreo650のケースを物色するのだが、結局、同じケースが欲しいのだ。ショップの電話番号を探し、問い合わせても、もう、この商品は売り切れで在庫も無いと言われてしまった。

Treo650Case2

 

それなら、自分で作ってはどうだろうか?という事で、ハンドバックを作っているメーカーに打診した。幸い、一緒に温泉に行ったM川氏のケースをお借りして寸法を測ったのだ。どうせ自分で使うのだ。豪勢に行こう!「革もエルメスのバッグに使用されている物」を用いた。使ううちにだんだんと良い色艶になってくるのが楽しみなのである。愛着も沸いてくるのだ。

Treo650Back

少量しか作らなかったが、まだ二個在庫があるので、買物隊のサイトで紹介したい。ベルトに装着できるようにつくってある。

 バスター

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HP iPAQ hw6965はやっぱ良いマシンだね

Posted by TJ on 28th 9月 2006

報告者:TJ

持っている人がいないと思われるヒューレットパッカード社製hw6965
世間の関心はすでに3Gマシンにすっかり映ってしまっているが、実はこいつを密かに入手しメインマシンとして活躍中である。

Hermesをいち早く入手し自慢しまくっていたTJがなぜ??と思われる方もいるだろうが、例のデジタイザ・ズレ障害が我慢できなくなりHermesクンを泣く泣く修理の旅に出したのが事の発端である。

修理中のマシンをどうするか?机の中にしまっていたhw6515というGPS内蔵、SD,miniSDデュアルスロットマシンを引っ張り出して使い始めたのだが、いかんせん4smartphoneでPushメールの心地よさに浸っていたTJにはPushメール非対応マシンhw6515はう〜んちょっと的マシンに成り下がっているのを再認識させられたのであった。

そこでWM5対応マシンを求めて街をさまよっていたときに、いつも立ち寄る中古屋で見かけたのがこのhw6965だった。旧モデルhw6515でトレオタイプの四角四面スクリーンにキーボードの使いやすさは充分に認識していたが、躊躇していたところ現在hw6915をメインマシンとして使用中の暗黒商人Asukalさんが優しく背中を押してくれたのであった。

このモデル使ってみるとやはりいい。
なんといっても旧モデルで不満だったキーボードのクリック感が素晴らしく良くなっている。
不満は旧モデルにあったSDスロットが無くなってしまいMiniSDのみになってしまったことか。その代わりにWiFiをつけたとのことだろうが、TJはWiFiをスマートフォンでは一切使用しないのだ。接続手段を切り替えるのが煩わしいし、もし切り替えるだけの余裕があるのならバイオTypeUを鞄から取り出すだろう。

さて本題。昨日、中国はシンセンで行われた賽格-暗黒お食事会の最中にAsukal同志より有益な情報を耳にした。

英国のじぃさんが作成したPQzIIであればATOKの候補を矢印キーで選べるというのだ。恥ずかしながらhw6965に矢印キーがあることをその時初めて知ったTJだった。この矢印キーはキーボード左下にあるファンクションキー(○印)を押しながらC・V・B・Gのいずれかを押すことによって使用できる。
そのときにPQzIIではsetupのIME部分にある [Shift+CURSOR] で[NO SHIFT]としておくのだ。

hw6965 NoShift

確かにこうすれば矢印キーで使える!とルンルン気分で使っていたところ、何かの拍子でATOKで候補の上で十字キーを押してしまった。なんとそしたら候補の字が入力されるではないか。そう矢印キーだけではなくちゃんと十字キーでも使えるのだ。左右の移動は十字キーの左右を使い、確定するときは十字キーを押すのではなく下方に押すのである。

これでもうタッチパネルに触る必要がなくなるくらいキーボードオンリーで作業できるようになったhw6965である。ヤンキース松井は怪我から復帰した瞬間にポジションが与えられたが、怪我から復帰したHermesクンは果たしてポジションを取り戻すことが出来るのだろうか?大いに疑問である。

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宣伝をふたつほど

Posted by TJ on 26th 9月 2006

報告者:TJ

さて最近はモバイル関連というよりは趣味を語るサイトになりつつある亜洲モバイル人柱隊ですが、今回はちょっと宣伝を。

宣伝その1
(恐縮ですが香港在住の方のみの宣伝です。)

10月18日(水)にANAと朝日新聞の主催で「さわやか寄席」が開催されます。

場所:そごう香港21階ボールルーム(コーズウェイベイ)
開場:19:00
開演:19:30
【出演】 橘家圓蔵、さこみちよ、立川ぜん馬、橘家富蔵

橘家圓蔵さんと聞いてピンと来る方はどの程度おられるでしょうか。むしろ月の家円鏡さんといった方が、顔が思い浮かぶのかもしれません。
Wikipediaで橘家圓蔵さん
実は人柱隊メンバーであるTJ、バスターの所属会社が協賛させていただいています。
そこでご希望の方、先着5組(各2枚)合計10名様 にチケットを差し上げます。ご希望の方はメールでお問い合わせください。
メールは tj2(@)isl.hk です。左の括弧は外してください。(スパムメール対策です。)

この寄席には第一回から協賛させていただいているのですが、前回ご来場いただいたお客様に粗品として配布したSIMカードホルダーが非常に好評で人柱サイトでも読者プレゼントしました。 今回もご来場の皆様(700名程度)に同じモノをご用意しています。お楽しみに。

宣伝その2

最近、華南モバイラーズで買い物代行サイトを始めました。その名も「電脳中心買物隊」
いつもGHQに集まる仲間でやっています。

★大陸諜報活動新聞・解放区★  Asukalさん
香港GSM/3G携帯情報局BLOG  香港@山根さん
アジアの片隅から reveilさん
亜洲モバイル人柱隊 YKK、バスター、TJ

華南モバイラーが気に入ったものをそれぞれのサイトで紹介(自慢?)すると「自分も欲しい」といったコメントをお寄せいただいていたのですが、これまではご希望に添えず心苦しい思いがしていました。

そこでこのサイトは香港やシンセンに行けない皆さんに代わって華南モバイラーズが買い物をしそれを皆さんにお届けするという趣旨で運営していきます。
ショッピングサイトではありませんので、モノは沢山ありませんし、在庫もほとんど持ちません。それぞれのモバイラーがサイトで紹介したものを電脳中心買物隊にリストアップし、注文が来たらソッコーで購入しパッキングして発送します。
このような方針で運営していきますので、色が思ったモノと違うとか、機能が想像していたモノと違うとか、相性が悪くて自分のPDAでは使えないといったクレームは対応できません。ただし搬送中の破損や、初期不良についてはご相談させていただきます。
運営趣旨をどうかご理解頂いた上でご利用ください。

まだまだサイトのシステムもベータ版でおかしいところや、不十分なところもありますがどうぞ大目に見てやってください。
華南モバイラーズと読者の皆さんとでお互いにとってメリットのある仕組みを作って行ければと思います。

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モバイルで3.6mbps?

Posted by ykk on 23rd 9月 2006

既に山根博士が紹介されてますが、ここ香港では Smartone-VodafoneCSLが下り3.6mbpsのHSDPAサービスを開始した。山根博士も隊員も、博士は使い放題隊員はプリペイドと違いはあるが数ヶ月前に開始された1.8mbpsのSmartone-VodafoneのHSDPAサービスには加入している。

昨日人柱隊の3馬鹿大将と博士で早速隣の Smartone-Vodafoneショップへ繰り出す事になった。博士は何とか今のサービスを3.6mbpsにアップグレード出来ないかとの淡い期待を胸に秘めてだ。隊員はと言うとこれまた秘策を胸に秘めていた。それは今持っているPCMCIAのHSDPAカードを売却して新しい3.6mpbsのUSBモデムを購入する事だった。

早速朝一番でBluetoothLeeさんことS氏に電話してHK$1,500でPCMCIAカードの売却交渉を成立させ、その足で ショップに向かった。TJ隊員の加勢にもかかわらず博士のアップグレード交渉は不発に終わった。そこで隊員はおもむろに3.6mbpsのUSBモデムをHK$2,488で購入した。Flexiと呼ばれるプリペイドプランで毎月最低HK$100かかるが50MBあたりHKA$100というプリペイドプランだ。

早速GHQに戻りPCに装着おきまりのスペードテストを行った結果、最高で1100kbpsしか出なかった。従来のカードに比較し100kbps強の帯域増幅しかなかった。博士の安堵の表情に比較し隊員の表情は一瞬こわばる。それではとSlingBoxを試してみた、こちらの方は明らかに画質の改善が見られたので何となく納得したという次第。

街中でTyTNに挿入し同じスピードテストを実施したが、こちらの方は700kbpsがベストだった。でもモバイルでこれだけ出るというのはやはりすごい!香港ではもうGPRS、EDGEは過去の太古の物ですな。

左が従来の1.8mbps対応のPCMCIAカード。右が3.6mbps対応の新しいUSBモデム

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何となくこのUSBモデムかっこが良い。首にでもぶらさげるか。

もう一つ、常々隊員は何事にも薄さを追及してきた。特に電話である、分厚いボッチャリ型の電話で会話するなんぞ虫唾が走る。数週間前にやはりGHQ近辺をかっぽしてたら「これだー」と目に付いた電話があった。SamsungのX820というGSM対応モデルだ。香港では正規版は未だ発売されておらずシンガポールからの平行輸入版のようだ。即購入、それからは携帯電話とは7mm以下の厚さを言う、それ以上は電話じゃ無いとうそぶいている。

以前その薄さに感激飛びついたMotorolaのRazarV3と比較してくれ。

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この薄さ感激だ!問題はカード感覚の為胸ポケットに入れておいてオクトパスカードと間違って出したり、落としたり、やはり何事にも問題はあるもんだ。

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番外編(その8)

Posted by ykk on 17th 9月 2006

Ferrariのミニカーコレクションを紹介して来たが、最後にそのコンペティター達を紹介してこの番外編を終えたいと思う。Ferrariのコンペティターと言えばイタリアからは Maserati、Lamborghini、Detomaso、Iso、イギリスからはAston Martin、Jaguar、ドイツからはPorsche、Mercedes、アメリカからはCorvette等だろうか。昔から自分では一時期911Sに乗っていながらPorscheとMercedesにはほとんど興味が無く結果コレクションには紹介出来るような物が無い。もしPorscheファンがいたら申し訳無いことである。

Lamborghiniと言えば農耕機メーカーからスーパーカーメーカーになった事で有名である。Miuraで一躍世に知られたが、その以前にも高性能車を生産していた。その後Countach、Diablo、Murcielago等を世に出し続けている。下が有名はMiura、横置きV12エンジン等ベルトーネデザインの美しいボディーと相まって1966年発表時には大変な反響だった。

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上がLamborghini 350GT、下が Miura

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Miuraの後に登場したCountach、Canonball Runという映画でパトカー相手に見せた加速には度肝を抜かれた。

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Countachの後継車として発表されたDiablo。この次のMurcielagoは赤のモデルが無く入手していない。

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実はLamborghiniには隊員の大好きな車が一台ある。世界で唯一隊員が許せる4シーターの車Espada。1968年に登場し4シーターでありながら1100mmしかない極端に低い車高、実用的なトランクスペースまで確保してある。325bpsを発生する4リッターV12エンジンを搭載し250kmのトップスピードを誇る当時最速の4シーターであった。その低い車高からドライブシャフトに完全に分離されたバケットタイプのリアシート、最高の4シーターである。隊員の中ではこれ以外の4シーターはFerrariを含め車では無いのである。

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Maseratiからは絶対にこの車Ghibliだ。330bpsを発生するV8エンジンを搭載しGiorgetto Giugiaroデザインのボディーで包む。1967年に発表され同時期に発表されたFerrari 365 Daytona、Lamborghini Miuraと当時の最高級そして最速GTカーの三羽烏だった。隊員はアメリカでGT500で遊びまわっていた当時一度このMaserati GhibliとSan FranciscoからSan Joseまでフリーウェイで他の車をぬいながら時には120mph以上で競い合った事がある。どちらが速い?隊員のGT500もチューンしてあったのでどちらが速いとも言えず両方速かった。だたやはりその優雅なボディーにはうっとりとさせられた。

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昔イタリアのメーカーでDe TomasoとかIsoとかのメーカーも存在した。De Tomasoは今でも独立したメーカーとして活動している。代表的な車にMungusta、Panteraがある。共にボディーデザインはイタリアで行い、エンジンはアメリカ製のV8を使うという手法を取った。ボディーはミッドシップのかっこのよさ、エンジンはアメリカ製の大量生産品という事でメンテが容易というメリットがあった。De Tomaso Mungustaは1966年に発表されGiorgetto GiugiaroデザインのボディーにFord製4.7リッターのV8エンジンをミッドシップに置いていた。アメリカで友人がこのMungustaを所有しており時々借り出しては走らせていたが、アメリカンV8のおかげで低中速トルクが太く頻繁にシフトを繰り返す必要もなくかなり横着なドライブが可能だった。

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1970年には後継車としてPanteraが発表された。同じく4.7リッターのFordV8を搭載し1994年まで20年以上の長きにわたり生産され日本でもかなりの人気を博した車である。確かあのサーキットの狼にも出てきたような。

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Isoという同種のメーカーからの代表的な車にIso Grifoというのがあった。これは同じアメリカ製でもシボレー製の7リッターエンジンを積むというモンスターでもあった。

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アメリカの代表はやはりCorvetteだろう。最新のモデルZ06はオールアルミ製の505bpsを発生する7リッターエンジンを積み、Ferrari等ヨーロッパのGTカーに比較しても遜色の無い性能を発揮する。

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このムービーを是非見てほしい。ここで紹介した車の多数が実写で見られる。 特に Iso Grifoを見れるなんて本当にレアなのです。

長々とモバイルとは関係無い番外編にお付き合いいただき感謝。以上で隊員のミニカーコレクションの紹介を終える。実際にはFerrariコレクションも基本的にBerlinettaボディーを紹介したが、GTSもほとんど全てそろっている。Ferrari以外も一つを除き全て赤の物を紹介した。実はPorscheもAston MartinもJaguarもかなりの数を所有しているのだが赤が無いのである。レーシングカーもF1カー、ルマンカーとかなりそろっている。今後も珍しいミニカーを見つけたら紹介することにする。

最後に隊員は写真を撮るのが下手である。色々とアングルとかライティングを考慮して撮影すればもっと良い写真になったと思う。

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番外編(その7)

Posted by ykk on 16th 9月 2006

最後にFerrariの中でもSupercarsと呼ばれるカテゴリーがある。そうだ、スーパーカーの中のスーパーカーである。その最初のモデルが 250 GTOだ。GTOとは Gran Turismo Omologataいわゆる真のGTという意味である。1962年から1964年にかけ36台もしくは39台が生産され現在何台現存するか不明だがそのほとんどは各国の収集家とか博物館に展示されている。オークションにもほとんど登場しない現在、もし登場したとしても数億円ではとても落札できないであろう。これが隊員の夢の中でもほしい車ナンバー1である。

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世界で最も多く量産されたスポーツカーと呼ばれる日産の初代のフェアレディーZのデザインコンセプトのモデルとなったのもこの250GTOである。レースに勝つ事だけを目的に作られたこの車、チューブラーフレーム、Aアームのフロントサスペンション、ディスクブレーキ、3リッターV12エンジンと相まって1962年フロリダの飛行場をサーキットとしたセブリング12時間でデビュー後長年に渡り数々のレースを制して来た。この車こそGTの中のGT、世界最高のスポーツカーだ。

1964年に250 GTOはより戦闘力を高める為に空力を中心とした改良を受け3台が製造された。先端の3つのエアダクトがなくなり前後TreadとWheel幅が拡大され結果上記の250 GTOよりかなり幅広になった。 この改良型250 GTOは 63/64と呼ばれこの更にレアな3台のうち1台が日本の松田コレクションにある。ちなみにこの松田コレクション(箱根にある)の入り口を入るとドーンと置いてある 250 GTOは3/4縮尺のレプリカである。

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250 GTOでツーリングクラスのレースで数々の成功を収めたFerrariだが、技術の革新も早く Le Mans 24Hで代表される長距離レースでのプロトタイプクラスでは既にミッドシップエンジンが圧倒的な速さを見せ付けていたし、GTクラスでもミッドシップエンジンの優位性はもやは動かぬ物になって来た。Ferrariは1963年のパリショーにて 250 LMをデビューさせた。当時のレギュレーションではGTクラス(いわゆる市販車)は最低でも100台の生産台数が必要だった。上記の 250 GTOは他の 250 GTと同一というFerrariの主張が通り(実際は全くの別物だった)GTクラスでのレース参戦が認められたが1964年にFIAは 250 LMも他の 250 GTと同一だというFerrariの主張を退けた。実際にも32台しか生産されずFerrariはこの 250 LMをGTクラスでのレースでの参戦をあきらめプロトタイプクラスでのレースに投入した。1965年の Le Man24時間では並み居るFerrariのファクトリーカーやFordのファクトリーカー(GT40)がリタイアするというハプニングがあったにしろプライベートチーム(North American Racint Team)から参戦した 250 LMが総合優勝を飾った。この1965年を最後に以後Ferrariは一度もLe Manで勝利していない。320bpsを発生する3.3リッターV12エンジンをミッドシップに搭載し最高速は300Kmに達した。この 250 LMも 250 GTO同様市場にはほとんど出てこない。出たとしてもやはり数億円という値段が付くだろう。この車のレースにおける寿命は長く Steve McQueen主演の Le Mansという1970年のLe Mansを題材にした映画でもPorsche 917とFerrari 512とのバトルの間に多数のプライベーターの 250 LMが見受けられる。

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次にSupercarsと呼ばれるモデルは20年の年月を経て1984年に288GTOとして世に出た。奇妙な事にこの車はWRCのGroupBへの参戦を当初の目的として生産された。Ferrariに取ってメジャーなカテゴリーでは無いRallyへの参戦がどういう意味だったのか不思議だが、WRC GroupBへの参戦が認められる最低でも200台の生産台数を1986年に達成した時にはWRC GroupBというカテゴリーは消滅し結果一度もこの288GTOのRallyへの参戦は無かったが仮に参戦していたとしても4WDが主流の世界に何らかの実績を残せたかははなはだ疑問である。328のボディーをベースに3.2リッターでは無く2.8リッターのV8エンジンに改装された。容積は小さくなったがTwin Turboで武装され308、328がV8が横置きだったのに比較しこの288GTOは縦置きとされた。発表直後の価格はUS$9万だったのがその生産台数の希少さと性能から実際の販売価格は優にUS$100万を超えた。

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1987年に288GTOの後継機種として発表されたのがF40だ。一部コンポーネントを共有しながらボディーは一新されFerrari史上最も高価格そして最速の車となった。その性能は現在においても遜色がない。Ferrariの創立40周年を記念したF40というネーミング、創業者Enzoがその生涯を終える寸前にFerrariのPorsche、Lamborghiniに代表されるライバルに比較して必ずしもパフォーマンスで優位に立っていないという危機感から特にPorsche959に対抗すべく計画されたProjectとなったF40。2.9リッターの石川島播磨重工製Twin Turboが付いたエンジンからは478bpsを発生しレーシングカーと同じDouble Wishboneサスペンションと相まって際立った高性能車ぶりをはっきした。日本ではバブルの真っ最中に輸入され確か当時最高4億円以上で取引された。当初400台という生産計画は達成後も強い需要があり結果1,315台が販売された。

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1995年から1997年にかけてFerrariの50周年を記念して349台生産されたモデルがF50だ。288GTO、F40のターボチャージエンジンに代わりF1を基に開発された自然吸気NAの513bpsを発生する4.7リッター5バルブV12エンジンを搭載している。GT1クラスのレースへの参戦も計画されたがFerrariとしてF1にそのリソースを集中させた為にこれといったレースでの実績はない。Ferrariの大のお得意さまであるブルネイのサルタン用に1台特注された幻のF50もあった。

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2002年から2004年にかけて400台生産されF60とも呼ばれるモデルがEnzo Ferrariである。F1のテクノロジーが随所に用いられている、カーボンファイバー製のボディー、オートマチックトランスミッション、カーボンセラミック製ブレーキディスク等がそれだ。Pininfarinaによってデザインされ担当したデザイナーが奥山清行という日本人である事はNHKの「プロフェッショナル」というTV番組でも紹介された。シャーシーナンバーZFFCZ56B000141920という車は2005年6月28日行われた2004年暮に太平洋で起こった津波の被害者救済目的のオークションでリストプライスの約2倍の95万ポンド(約2億円)で落札された。実はこの車(400台目)、さきほど亡くなられたバチカンのJohn Paul2世にFerrariの従業員、パートナー、Michael Shumacher、Rubence Barrichello等が共同で贈呈した車である。オークションで落札された金額は現在の教皇Benedict16世経由で被害者の救済に当てられた。その他判明しているこの車のオーナーにはEric Clampton、Michael Schumacher、Nicolas Cage、Paul Allen(マイクロソフトの創業者の一人)らの名前があり当然ながら全員かなりのお金持ちである。

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2005年Ferrariは突如FXXというモデルを発表した。Enzo Ferrariをベースとしているものの、かなり研究開発的要素をもりこんでいる。エンジンはEnzoの6リッターから6.2リッターに拡大され馬力もEnzoの660bpsから800bpsへと増強されている。ギアボックスも最新のF1から取られておりギアチェンジに要する時間はたったの100msだそうだ。リストプライスは市販車として史上最高のUS$180万でそれまでの Schuppan 962CRというPorsche962ベースのカスタムカーが保持していたUS$150万を超えた。ちなみに史上第3位はMercedes-Benz CLK-GTRでこれもUS$150万である。このUS$180万という価格はあくまでリスト価格であり実際の取引価格は想像も付かない。FerrariはこのFXXを過去のFerrariオーナーから厳選した人達に既に販売済みでこの幸運な29人は今後の研究開発の一翼をになう訳だ。Enzo Ferrariもそうだったが、シート及びペダルの位置は一台づつオーナーの体格に合わせられた。オーナーはオプションとしてFXXの保管及び保守をFerrariに委託出来るそうだ。まずはモンツァで収録されたその走りのビデオを見てほしい。正に衣を着たF1カーが走っているようだ。

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これらSupercarsを一堂に会するとこうなる。手前2台が 250 GTOで一番手前の 63/64モデルがオリジナルの 250 GTOに比べかなり横幅が拡大されたのが分かる。

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次回はいよいよ最終回という事でFerrariのコンペティター達を少し紹介しよう。

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番外編(その6)

Posted by ykk on 14th 9月 2006

1973年から1996年にかけてFerrariはBerlinetta Boxerと呼ばれる水平対向12気筒エンジンをミッドシップに搭載した車を生産した。Enzo Ferrariは当初MRレイアウトの市販車はユーザーに取って扱いにくいと考えFR車にこしした結果一時期レースにおいて競争相手に遅れを取った。更にLAMBORGHINI COUNTACHが発表され最高速300Kmを誇示した。

そこでFerrariからの対抗馬として1973年に発表されたのが365 GT4/BBだ。4.4リッターのF12エンジンが搭載され387台が生産され最高速はCountachへの当て付けだろうが302Kmと発表された。実写の世界でもレアだがミニカーの世界でも超レアである。

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1976年に365 GT4/BBはアップデートされ512 BBとなった。エンジンも5リッターに拡大され929台が生産された。外観は365 GT4/BBとほとんど同じだが、両サイドにリアーブレーキ冷却用エアダクトが追加された。ミニカーの世界でもそれは確認出来る。

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1977年頃から512 BBによるレース活動も一部で行われたが当時のFerrariはF1に全力投球しており全てはプライベートチームからの参戦だった。そのベースとなったのが512 BB LM と呼ばれるモデルだ。空力の改良、軽量化、エンジンのチューン等が施されたが結局見るべき結果は残していない。当時の王者Porscheに比べ単純に遅かったのだ。

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1984年に512BBの後継車としてTestarossaが発表された。Testarossaとは”Red Head”という意味で赤く塗られたシリンダーヘッドから取られたネーミングである。驚くべきはそのボディーサイズ、特に横幅が2m近くありストリートでのドライビングにはさぞ気を使うことだろう。TestarossaもMiami Viceに登場しアメリカ市場では308シリーズに次いでポピュラーなFerrariとなった。コンペティターのLamborghiniもそうだが、この時代のFerrariはその市販車の成功とは裏腹にレーストラックでは見る影も無く、レースレディの市販車はPorscheの独壇場だった。

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Testarossaはその後512M、512TRとアップグレードされ1996年まで生産された。シリーズ合計での生産台数は約1万台に及び商業的には最も成功したFerrariとなった。

次はSupercarsと呼ばれるモデルを紹介しよう。

 

 

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番外編(その5)

Posted by ykk on 13th 9月 2006

Ferrariも1967年にその主力モデルとして 365 GTB Daytona を出したが、その年には農耕機メーカーから一躍Ferrariの競争相手として登場した Lamborghiniがあの Miuraを登場させた年でもある。あのMiuraの先進的なスタイル、なによりV12エンジンをミッドシップに横置きに置いた仕様に世界は驚いたものだ。Ferrariも例外では無く世のレーシングカーが全てミッドシップに移行した事もありMR仕様の車を出す必要もあった。

FerrariにもMR仕様の車は1960年代後期には存在した。Enzoの息子のAlfredo “Dino” FerrariがデザインしたV6エンジンを搭載し、Dinoの死後その名を冠した2リッターの206、2.4リッターの246、共にMR仕様だった。その時代Ferrariの名は12気筒エンジン搭載車のみに与えられV6搭載の当時先進的なこの車にはFerrariの名は与えられず単にDinoと呼ばれた。

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246 Dinoで2.4リッターV6エンジンをミッドシップに横置きに搭載している。

その後も12気筒のMR車は登場せず1970年代中ごろにV8エンジンを搭載した308が登場した。Fuel Injection Typeの308i、4バルブ化した308 Quatro Valve、2リッターの小さいエンジン搭載の208、3.2リッターにエンジンを拡大した328等のバリエーションを加え1980年代後半までの息の長いモデルとなった。Pininfarinaデザインの美しいボディーは隊員も含め今でもファンが多く、この時代までのFerrariが好きだという人は少なく無い。

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両方とも手前が328、後方が308。ボディーはほとんど同一。

1980年代も終わりになるとさすがに308系ではデザインが古くなり348というモデルに一新された。348は3.4リッターのV8エンジンを搭載し鳴り物入りで登場したがCar and Driver誌がホンダNSXとの比較テストでそのハンドリングを酷評したのは有名な話である。1994年には355というモデルにリプレイスされた。この355という車は1気筒あたり5バルブ、F1と同じPaddle Gear Shiftいわゆる半オートマ仕様もそのラインアップに加えられかなりエポックメーキングな車になった。

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右が348で左が355。デザイン的に非常に似通っているのが分かると思う。

2000年になると360が登場する。355が348のデザインをとしゅうしているのに比べPeninfarinaによりデザインを一新された360はFerrariとして初のシャシーを含めオールアルミ製ボディー、F1にて実践され更にストリート用に進化したElectrohydraulic式半オートマ6速トランスミッション等3.6リッターのV8エンジンを搭載している。Ferrariは代々ストリートモデルでありながらレースに出る事を目的とした特別モデルを提供し続けて来た。360も例外ではなく Challenge Stradaleというスペシャルバージョンが2004年に発表された。空理気的にリファインされ軽量化が図られたボディー、強化されたV8エンジン、レーシングバケットシート、窓もはめ込みで小さなスライディングの部分が開くというレーシング仕様となっている。このバージョンをベースに360は現在でも世界各所でのGTクラスのレースでの活躍が見られる。

2005年に360から430にバトンタッチされ現在も生産が続けられている。430はその外観は360の流れをくみ一部のエアロ的改良を除けば一見して違いが分からないほどだ。エンジンは4.3リッターに増強されE-Diffと呼ばれるコンピュータ制御のLSD等電子化も推進されている。430もPistaというレーシング仕様のモデルが2006年1月にロスアンジェルスのオートショーで発表された。

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後列左から246 Dino、308、328、前列左から430、360。

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左が360で右が430、外観は良く似ている。

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左が360、右が430。

次回は同じMRでも水平対向12気筒エンジンを搭載したBoxerモデルを紹介する。

 

 

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Slingbox

Posted by ykk on 12th 9月 2006

既に大分前にPocketgamesにて何度も紹介されているので別に新しくも何ともないが、先週日本に行った際にSlingboxを購入、設置した。

隊員はモバイル機器とはビデオ、TVを見る機器だと日頃公言しており日夜その実践にはげんでいる。日本の実家にはそれを実現すべく各種機器が主がいない日頃真っ暗な部屋で動いている。SonyのロケフリTVが2台、NEC AX300、Toshiba RD-X3、Buffaloの「Link de 録」、カノープスのキャプチャカード、更にはI-OデータのTRS-MS4RというWeb Camera兼ストリーミング配信で、同時に3チャンネル録画、3チャンネル同時ライブ視聴が可能な環境がある。

今回は更にSlingboxを試してみた。結果は非常に良く、専用モニター仕様のロケフリを1台お蔵入りさせたほどである。ちょっと暗くて見にくいが外観は次のようになる。

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一番上がSlingbox、その下がケーブルTV用のチューナー、ケーブルチューナーの前にガムテープで固定してある四角い箱がRemonaid用の赤外線送信機でSlingboxとケーブルチューナーの間にこれまたガムテープで固定してある棒状の物がSlingbox用の赤外線送信機である。

SonyのロケフリTVも赤外線経由で外部機器をコントロール可能だったが主にSony製品が対象だった。Slingboxの場合はより汎用な外部機器もコントロールが可能だった。設定も隊員にはロケフリTVより簡単な気がした。それよりSlingboxが圧倒的にSonyのロケフリTVより優れている点はロケフリTVの場合視聴するPCを物理的にホストとネットワークの同セグメントに置き設定する必要がありSlingboxはその必要が無いという点である。我々海外居住者の場合、ロケフリTVを購入し日本に設置したとして海外での視聴に使用するPCを一度はわざわざ日本に持って行き設定して初めて海外で視聴が可能となる。これは我々海外居住者にとり致命的な欠点ではないだろうか。更に違うPCで視聴したい場合は有償でクライアントソフトを(確か1,980円だった?と思う)購入しなくてはならないがSlingboxの場合その必要が無い。誰かに日本でSlingboxをセットしてもらうだけで後は世界中何処でもインターネットへの接続環境さえあれば日本のTVが見えてしまう。ただロケフリTVと同じ制約はある、視聴は同時に1デバイスオンリーなのである。そうです1Slingboxで同時に1人しか見えないのです。

ロケフリTVの場合現在はPCの他はモバイル機器で見ようとするとPSPでしかそれが可能では無い。順次他の機器用のクライアントソフトが提供されるとしているが何時かも未定。Slingboxの場合はPocketPCをはじめ、Smartphone用のクライアントソフトもそろっている。

あっと言う間に設定を終え香港から持参したTyTNに日本のボーダフォンのSIMを入れて試しにアクセスしてみた。3Gのデータ接続で全く問題無くTVも赤外線経由で外部入力に設定したケーブルTVの番組も見事に視聴出来た。それだけでは無くケーブルTVも赤外線でTyTNからチャンネルの変更も出来てしまう。これはすばらしいとつい香港にいる気分でパケット代金など全く気にも留めずに二日間に渡り友人とかに見せびらかしてしまった。

三日目にふとパケット代金の事が頭をよぎった。「あっ、確か日本の場合何とかホーダイ何て言ってるけど携帯電話でしか適用されないのでは?」そこで恐る恐るPCでボーダフォンのサイトにアクセスして自分のアカウントの使用料をチェックして我が目を疑った!そこにはたったの三日間の見せびらかし代が5万円!そして目の前が一瞬暗くなりめまいがした。何と理不尽な!でもしかたが無いこれが日本なのだ! その後即TyTNからボーダフォンSIMを抜き取り以後の使用をストップした。

香港に戻り本来のかけホーダイであるHutchisonの3GSIMを挿入し安心して日本のTVの視聴をしている。見て分かるように3Gの接続で272kbs出ている。これでもうMTRの中だろうが香港内ならほとんど何処でも日本のTVがライブで見れてしまうのだ。3GではなくSmartone-VodafoneのHSDPAのSIMを入れれば更に快適に視聴出来る。

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改めて日本の携帯キャリアの料金体系のあほらしさをたかーい授業料を払い再確認させられたのだが、では日本じゃどうすりゃ良いんだ!W-Zero3[es]でも買うかとウィルコムの料金表を見たが、全然ちんぷんかんぷんで意味が分からない。分からないなりに分かった事はこのようにパケット使いホーダイでストリーミングなどをやろうとしたらどうも各種定額プランを組み合わせても毎月1万円はくだらないようだ。これでは多くとも一月4日程度の使用にしてはいかにも高い。

じゃどうすりゃ?そこでふと思った、隊員はSo-netがやっているBitwarpに加入しておりPHSの使いホーダイ一月2,100円を払っているではないか。これならいくらTVを見ても一月2,100円で済む。日頃はこのBitwarpのCFカードはリナザウに挿して使っている。でもリナザウではTVを見れない。そこで既にお蔵入りして久しいGenio830wがあるのを思い出した。これならBitwarpも機器認証で使えるしSlingboxのクライアントソフトも使える。早速蔵から出してセットアップを完了した。二度と使用する事も無いだろうと思っていたGenioが突如として復活だ。世の中何が起こるかわからない、何でも捨てずに取っておくべきだ。

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勿論上記の写真は香港なのでBitwarpは使用しておらず無線LAN経由でのアクセスだ。しかし無線LANでは184kbsで3Gより帯域が狭い。しかしフレームレートは倍になっており体感上は無線LANの方がスムーズだ。ストリーミングを見る場合帯域も重要だがフレームレートが重要だと言う事だ。

でもBitwarpは確かベストエフォートで128kbsの帯域だったと思う。はたしてこれでTVが見れるのか?香港でもEdgeで試した場合多少ギクシャクするが視聴に耐えないことは無いので多分大丈夫だろうと楽観視している。

結論は日本ではキャリアの携帯電話以外で無線LANを使わずに思いっきりモバイルをやろうとしたらCFカードの通信デバイスを使う以外に無いと言うことだ。既にCFカードは世界から無くなって来ていると言うのにだ。やはりおかしいぞ日本は。

PC視聴するとSlingboxのすばらしさは更に実感出来る。同じPCでSlingboxとロケフリTVと二つ同時に見てみるとSlingboxの方がきれいに見える。この事実だけですばらしい事が分かる。SonyのVaio Type-Uは隊員のデバイス保持最短記録を達成し(発表即購入、香港に到着即売却)、更に今度はロケフリのお蔵入り。どうもSonyは、、、、、

Slingboxのすばらしさを実感したのかバスターもTJもSlingboxに走りそうな気配、、、、

訂正

上記で海外で視聴する場合使用するPCを日本に持って帰る必要があると書きましたが、そんな事は無いとのご指摘を受けました。その方法は下記の通りです。

kaigaitv.ojaru.jp/settei/kaigaikara.htm
www.faq.sonydrive.jp/faq/1040/app/servlet/qadoc?009103
調査不足で申し訳ありません。お詫びして訂正いたします。しかしそれにしてもSlingboxの設定の容易さと比較して何と複雑なことか。

 

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古女房とぴちぴちギャル究極の選択!

Posted by buster on 11th 9月 2006

報告者:バスター
衝撃的なタイトルなんだが、携帯電話の話である。

近頃、コメントが少ない「運び屋よしのり」の話をひとつする。最近、バスターの香港事務所に遊びに来た時に面白い事を言うのだ。曰く「アウディは、ぴちぴちの彼女で、メルセデスは古女房だ」というのだ。時速200キロ以上の高速走行を日常で行っている「運び屋よしのり」は、路面の状況如何に関わらず、アクセルを床まで踏みつけながら運転するのだ。ちょいと危ない奴なんだが、腕は確かだ。

そんな奴でも、疲れる時があるのだ。疲れた時の車の反応というか、基本設計思想が、「アウディ」と「メルセデス」では180度違うという。アウディは疲れていても、「もっと、もっと飛ばして!」と速度を下げさせない。反面、メルセデスは「ちょいと止めときなよ、悪いことは言わないから、あんた!」と速度がだんだん下がってくるのだそうだ。そんな事を言われると、なんとなく思い当たるような気がしてくる。断っておくが、これは全部、「運び屋よしのり」の思い込みだ。アウディもメルセデスもそんあ事言ってはいないのだ。ちなみに運び屋よしのりの愛車は、アウディクワトロだ。(まったく脈略は無いが、スージークワトロってベーシストがいたよね。もう、今では、おばさんなんだろうけど、二十数年前はセクシーで格好良かったなぁ。)

「古女房」と最近知り合った「ぴちぴちの若い彼女」。うーんどう考えてもこの表現が頭にこびり付いて離れないのだ。
Treo650とVasaMail ver 3.5
 

近頃、購入した携帯電話ソニーエリクソンM600iと昔から使っているTreo650にもこの「運び屋よしのり」理論が当てはまるような気がするのだ。Treo650は言わずと知れた、電話をかける為に生まれて来た携帯電話だ。香港での発売は、世間に遅れる事約一年、2005年2月だった。(ん!去年か。)TJ、YKK師匠、バスターが三人揃って、treo650を買いに走ったのは記憶に新しい

その後で、色々な3G電話が出現。その度に購入してきた。特にDopod900は携帯電話というより、「サブノートでも、SIMが入ります。」っていう感じだったのだ。Dopod838はGSM仕様だった。その手にすっぽり入るサイズからファンが多かった。3Gのエルメス(タイタン)が発売されると同時にTJがアセアセ、購入したのは先月だった。YKK師匠もそれに続いた。バスターは、Nokia E61、SonyEricsson M600iと「kkjconv」を使って日本語入力できる環境の携帯電話に興味が移ったのだ。

確かに、ユニバーサル系、エルメス系なら、なんでも一つで出来るのだ。スペック上は絶対にWM5が上だ。出来るのか出来ないのかというレベルでは絶対にTreo650は負けている。しかし、純粋に電話をかけるという事に関して言えば、treo650のそれは、完成域に達していると思うのだ。

電池の持ち時間に関して言えば、Treo650のみが、通常の携帯と互角のスペックを持っている。ユニバーサルもエルメスもやっぱり携帯感覚では使えない。M600i、E61も電池の持ちは良くない。

YKK師匠は「電話をかけるのと、メールを見るのと、メールを書くのは違う端末を三個腰にぶら下げろ!背中には、OQOを背負え、首には三種類のBTヘッドフォンをつけろ。」と実に説得力の無い御託を並べている。彼の人生は充実しているのだ。

山根博士もどちらかと言うとYKK師匠に似ている、スラックス、ジャッケット、ベストなど複数のポケットから常に7個以上の携帯を格納している。

Treo650には「表示」が苦手という問題もある。中国語の表示と日本語の表示が同時に出来ないのである。メール関係は、WM5の独壇場である。シンビアン系は、kkjconv頼みでこれに続く。
我が愛するTreo650は、日本語あるいは中国語を選択しなければならない。日本人とも中国人(香港台湾と大陸は使っている文字が違うのだ。)とも両方に交わりながら、英語もそれなりに必要っていうのはアジアではそんなに珍しい事ではないのだ。だから、ここで、Treo650は引退なのか?(シューマッハも引退発言!)

Treo650には、使いやすいというメリットがある。とにかく片手で電話がかけられるのだ。検索も片手で自在に操れるのだ。また、痒い所に手が届くような嬉しい機能が付いているのだ。一例をあげる。バスターは、車の中でBTハンズフリーを使っているのだ。ところで、このハンズフリー運転している時には非常に便利なんだが、車を降りて、ドアを閉めたら、やっぱり、普通の電話として使いたいじゃないか。こんな時に電話がかかってきたら、車の中のBTが反応してしまい、電話を取る事が出来ない状態になる。所で、treo650には、BTハンズフリーを一時的にキャンセルするボタンが表示されるのだ。こういう時に、惚れ直してしまうのだ。

最近、VersaMail3.5が登場し、MicrosoftDirectPushをサポートしているのだ。ちゃんと日本語が表示される。それなのに、そのまま返信すると、先方には化け化けメールが届くのだ。何か方法は無いものなのか。賢明なる読者諸君助けて欲しい!

やっぱりバスターはTreo650が好きだったんだ。E61にはまっていた猫女房も、VersaMail3.5を導入した瞬間、Treo650に戻ってしまった。

バスター

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