亜洲モバイル人柱隊

ここでは香港在住・日本人3人がもてる技術と知識と資金をフルに投入し少しでも快適なモバイル環境構築を目指して日々奮闘する様を紹介する。

Archive for 11月, 2004

Missing辛苦(Sync) for Pocket PC

Posted by toji on 26th 11月 2004

報告者:TJ

クルマ関連の話題ばかり、このままクルマ関係ブログになりそうな予感がする今日この頃だが、ここらで一発元のPDA関係に戻そう。

周り全員がウインドウズユーザにもかかわらず頑なにマックを使い続けている偏屈な私TJだが、さすがにMS謹製ポケットPC版のXDA IIs を使い出したからには、ウインドウズマシンでなければシンクも出来ないと考え、バイオType-U をシンク専用に使っていた。

が しかぁーし!

やはりTJはマックではないか?と反省し、日頃Treo600をシンクするために使っているMissing SyncにポケットPC版があるとの情報を入手したので早速ダウンロードして試した。しかしこのソフトお試しできないというのはどうなんだろう?最近のソフトしかもシンクソフトという試してみないことにはなかなか評価の出来ないソフトを試さずに買うというのはなかなか勇気のいることである。他にあまり競合するソフトがないことが理由なのだとは思うが、ちょっと優しくないように思う。

で購入後、早速インストールしてみたが、使い物にならないというのが正直な感想である。一応シンクは出来るのだが、アドレス帳の中にあるメモ部分が化けるのである。一回目のシンクで片側が文字化け、二回目のシンクで両方文字化け。信じられないほどひどい出来である。文字通りシンクではなく辛苦である。

救いは、外部ディスクとしてマックのデスクトップに、マウントできるということだが、どうも安定性に欠けるようで、小さなファイルの転送は可能だが、MP3ファイルなど5MBにもなると途中でこける。

いったいどうすればいいのでしょう?
Virtual PC はバージョン6までは使っていたが、あまりの遅さとザウルスとの接続が悪くギブアップして久しい。状況は好転しているのであろうか?
もしよくなっているならばVirtualPCをもう一回使ってみようかな?

マックとポケットPC の接続というのは日本語での情報がほとんどない。どなたかいい方法があれば教えて下さい。

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番外編その2 GT350

Posted by ykk on 23rd 11月 2004

報告者 : YKK

あれ、このブログは何時から車になっちゃったんだろう?この人柱隊って不良の集まり?

GT500の件は前回で終わり、もう書かないと宣言したので、もう書かない。でもバスターが挑戦的なリポートを載せたので、隊員も番外編その2、それもGT350を書くことにした。

先日、バスターとTJと食事をしている時だった、TJ曰く「もう一度GT500を買いたいか?」との問いに「いや、生まれ変わっても買わない」と答えた。あの車はともかくフロントヘビーでバランスが悪く、サーキットを走らせると全然速くないのだ。当時SCCAグループCのレースに時々友人と共有していたAlfaRomeo1600GTで走っていたが、タイムをはかれば、サーキットにもよるが、排気量が4分の1しかないAlfaRomeoの方が速い!

もう一度「あの日に帰る」なら迷わず65年か66年のShelbyGT350を選ぶ。

GT350.jpg

GT350.jpg

これはバスターが買ったMustangと同世代、同ボディーにTuneUpした289ciのエンジンを乗せ軽量化したモデルだ。隊員のGT500より1世代古いボディーだが、そのバランスの良さは比較にならず当時SCCAのグループAのレースでは常連だった。そうなのだこのGT350こそMustangのレーシングサラブレッドなのだ。GT500が出たレースは恐らく皆無かと思う。

古い映画になるが「Grand Prix」に出てくるJames Garnerが足に使っていた黒のボディーにゴールドのストライプ、あれがこのGT350だ。

上記の2枚目の写真のGT350はUSドル十万で売りに出されている。

67年に2代目Mustangが出てそのボディーを使った隊員のGT500とGT350が出たのだが、内容は65年、66年の初代Mustangボディーを使ったGT350より豪華になってしまった。68年モデルは更に豪華になり、69年からの3代目MustangではMach1というスペシャルMustangの登場とも相まって生産も中止されてしまった。エンジンも351ciになってしまった。

Mach1.jpg

Mach1.jpg

このモデルからオプションで当時あのランボルギーニのミウラで流行したリアウィンドウのルーバーがお目見えした。しかしもう既に「Shelby」の名は無くなり「ただの」Mustangとなってしまった。現在のオークションでの価格もUSドルで4万程度とかなり落ちてしまう。

バスターが何と言おうとオートマチック車はこの世界では「車」では無いのだ!MS(マイクロソフトではなく、ミハエル・シューマッハ)は好んでオートマチックのF1に乗っているのではない、現代のF1は人間の反射神経をはるかに超越した次元で走っているために、マニュアルでのギアチェンジをする肉体的、反射的余裕が無いだけなのである。この世界、モータースポーツは運転をスポーツするのである。やはり2座のスポーツカーと4ドアセダン2台所有するのが王道であろう。

ああ、やっぱ「あの日に帰りたい!」

深広高速公路でのバトル?いえいえ「秋名の下り」でしょう。

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私の恥ずかしい写真です。

Posted by buster on 22nd 11月 2004

報告者:Buster

「XDAIIsはBMWの香り」にYKKが激しく反応して、このBlog始まって以来の長文で内容の濃い文章がアップさた。車大好きバスターは、これに反応しない訳には行かないのである。

1973年(バスターもまだ19歳だった。)渡米した。ホノルル経由ロサンジェルス行きの航空券は往復で42万円だった。360円だった固定レートが崩れて、300円から260円とどんどん円高になって行った頃の話である。

ロサンジェルス空港に到着し、翌日には、アパートを探しフェローシップハウスという教会にお世話になる事にした。持って来た金のほとんど全てを、この1966年型 Ford Mustang 289ci V8エンジン購入にあててしまった。

ken01.jpg

US$500でその頃、ロサンジェルス市のノースエバーグリーンの住民で高田さんという人から個人売買で入手したのだ。13万円と言う金は半年程度の生活費として十分だったような記憶がある。

何て言ったって、日本では、スバル360に乗っていたので、本当に天国に上るような気持ちでこの車のハンドルを握ったのだ。その頃はまだコレクターアイテムにはなっておらず、この程度の金額で購入できたのだ。

この頃、記憶を辿ると、石油ショックで、ガソリン入手が儘ならず、この車を駆って、アメリカ縦断でLAからマイアミビーチへ行こう等と考えていたのだが、結局は飛行機で行かざるを得なかった。

ken02.jpg

INYO National Forestのサインボードの所で後ろから撮影した帰りに、人っ気が無い所で、かなり速度を上げて思いっきり、リアスライドさせている所をプロのカメラマンを目指してLAに来ている友人に撮影してもらった。こんな恥ずかしい写真を見せて得意がっていたあの頃、うん、俺の青春だぜぃ。

ken03.jpg

この年、Mach 1という名称の351cid Engine搭載の3速マニュアルミッションに同乗しましたが、とにかく、ローからセカンドギアでちょっと吹かしたら、時速100マイルまですぐに到達してしまった事を覚えている。燃費は、身の毛もよだつ程、恐ろしい車で、一空ぶかし5セントと言われた。

ken04.jpg

普通、自分の乗っている車を撮影する事ってあまりないので、この写真は貴重に思っている。撮影してくれたのは、今でも付き合いのある、友人アンディ君(東京在住)である。
その頃、一緒に皿洗いのバイトしていた、ハワード君の車に乗っていて、バスターのマスタングを撮影したのである。写真には、74年10月と表示されている。

YKKの所有していたのは、Mach 1のスーパースープアップモデルだから押して知るべしである。

現在も、バスターのビークルはメルセデスの5リッターV8である。エンジンはV型8気筒の音が耳について離れないのだ。

YKKはマニュアルミッションしか車で無いと言うような表現であるが、バスターはお気楽なトルクコンバーター車である。現在ではF1に乗っているシューマッハ君だって、オートマチック時代だからね。早く走る為にはシフトミスが無い方がメリットあるんだろう。

YKKはスパルタンな男だから、やっぱりマニュアルシフトのフェラーリを棺桶代わりにのるんだろうなぁ。その頃は、バスターもポルシェ911で対抗していると思う。と言う事は、深広高速公路でバトルだね。やっぱり。

Download file

バスター

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番外編、GT500

Posted by ykk on 17th 11月 2004

報告者:YKK

ありゃー、TJに隊員の恥部を暴露されてしまい焦っている。この今から38年も前、当時18歳の時のGT500購入事件だが、これで隊員の人生が大狂い、現在に至っているのである。何しろ明日の飯代にもこまるのに有り金を全部はたいてしまったのだった。

そこでモバイル人柱隊の番外編としてこのGT500なるものを少し紹介しよう。読者の中には全く興味が無い方もおられるだろうが、この事件が語られるのはこれが最初にして最後なので、しばしのお付き合い。車も確実にモバイルなのだ。

そもそもCarol Shelbyなるおじさんが60年代の前半に登場した。この人、当時無謀にもルマンに代表されるEndurance RaceのGT部門(規定の生産数に達した生産車)に常勝フェラーリ250GTを向こうに回し挑戦を開始したのだ。Cobra Coupeと呼ばれた車がそれだが60年代中頃にはフェラーリを押さえ何と勝ってしまった。その後Fordの傘下に入りPrototype部門でもフェラーリを押さえたFord GT40 / Mark II / Mark IVの原型となった。

Cobra_Coupe.jpg

1964年に発売され爆発的なヒットとなったFord Mustang、この車の特別車種としてShelby GT350 / GT500が少数ながらShelbyの名を冠し生産販売されるに至る。GT350には4.7リッター、GT500には7リッターのV8エンジンを搭載し、ボディーも基本はMustangのそれだがボンネット、トランクリッドなどグラスファイバーに置き換えられ軽量化が図られ当時はほとんど無かったエアロパーツも組み込まれ精悍な外観に仕上げられていた。1965年に最初のMustangボディーに4.7リッターのエンジンを搭載した初期のGT350が現れ、1967年に2代目Mustangのボディー、1970年に3代目(確かこの年のモデルで生産中止)と続いたが、2,050台生産された1967年モデルが今でも最良との評価があり現在でも一番高価な値で取引されているようだ。

GT500_5A.jpg

上記の写真は隊員の購入したGT500と色も全て購入した時と同一そのまんまである。見ると分かるように室内にはロールバーまで付いており4点式シートベルトも標準装備だった。現在のWEB上の紹介文には3速オートマチックとあるが、当然隊員が購入したのは4速マニュアル仕様である。隊員は第1号車から今に至るまで自分で購入した車にはオートマチックという選択肢は無かったし、今後も絶対に無いのだ。そもそもいくら進歩したと言われてもオートマチック車なんてのは車じゃないと思っている。色は違うが他の角度から見た写真も見てほしい。

GT500_2A.jpg

GT500_1A.jpg

エンジンの外観はというと、

GT500_4.jpg

この1967年モデルのみHollyの4バレルキャブが2連装されており、その出っ張りを収めるためにグラスファイバー製のボンネットには張り出しがエアースクープとして設けられ空気のラム効果を生んでいた。ものすごいガソリン食いで元々のMustangの小さいボディー、小さいガソリンタンクとあいまって、ひとたびアクセル全開にするとガソリンゲージが見る見る減って行くのが分かるのだ!現在のガソリン価格は当時の数倍!今じゃそれこそアクセルひと踏みいくらの世界!当時も自分の腹より車の腹を常時満たしていた。

それと最大の問題としてスパークプラグの交換が出来ないのだった。エンジンが巨大過ぎてスパークプラグに手が届かないのだ。交換する際にはカムカバー、ヘッドを取りはずか、エンジン自体を吊り上げるしか方法が無く、大掛かりなそしてなにより高価な作業となってしまった。

PDAもそうだが、こういう車も買っただけでは満足しない。なんだかんだとカスタマイズに精を出すことになる。隊員のやった事はまず4速マニュアルトランスミッションのリンケージの交換だ。標準のリンケージは何となくグニャグニャしていて硬性がない。この世界にはHurstというカリスマブランドで今でもマニアの垂涎の的の製品があり、アルバイト代を一月分つぎ込み交換した。

Hurst_Shifter.jpg

シフトノブも同じくHurst製のアルミの削り出しで右手にすっぽりと納まるT-Barに交換。

TBar_Knob.jpg

これでシフトの際にカチカチとすばやく決まり、同時に交換したHeel & Toeのやりやすいこれもアルミの削りだしのブレーキ、クラッチ、アクセルペダルとあいまり快感を覚えるようになった。次はタイアとホイールだ、当時は現在のようにロープロファイルのストリートタイアなんて存在せず、かっこよく見せる為には本物のレーシングタイアにこれもレーシング用のマグネシュームホイールにはかせるしかなかった。勿論ストリートを走るのだからスリックはダメでレイン用だ。レーシング用はタイアもホイールも片手で持てるほど軽く、バネ下重量の軽減とも相まってハンドリングに良い影響を与える。ところが軽い反面非常に特に側面が弱く、ストリートを走る際には細心の注意が必要、隊員など、ちょっと悪路が先に見えたりしたら後続の車の事なんて完全無視して止まって回れ右してしまったものだ。

サスペンションは強化されているとは言えMustangの板バネ吊りの固定アクスルという超古典仕様。トルクバー、LSDを装着、ダンパーもストロークが長くアクスルの暴れを吸収する物に交換して何とかさまになったが、圧巻は何と言っても、どの回転域からでも発生するバカみたいな強力なトルクだ、3速にシフトアップしてもスピンを起こすほどで、1速で最大トルクを発生する3千回転あたりでクラッチを繋ぎアクセル全開にしようものならホイールスピンで全く前に進まず下記の写真のようになる、これは車が燃えているのではなくホイールスピンを起こしたタイアが発生している煙なのだ。アクセル一踏みで瞬時に顔が真上を向くあの加速G、今でも鮮烈にこの体が覚えている。ただこれをやると一発でタイアがおしゃかになる。

Wheel_Spin.jpg

更にExhaust Header、日本で言われる「タコ足マニホールド」と排気効率の良いマフラーの装着。これを付けると馬力アップもそうだが、アクセルをふかす際に排気音が等長の排気管に共鳴してフェラーリの12気筒には負けるが、まことに心地よい正に宝石のような響きを奏でる。

comp_headerA.jpg

Muffler.jpg

白のボディーカラーに二本の太いブルーのストライプ、レーシングタイアを履き、学校を始め週末にはSCCA主催のサーキットへとそこらじゅう流していたので目立たない方がおかしい。羨望の的になり、ピノキオの鼻、得意の絶頂、いい気になっていたのだった。

人間、分相応の事をしないと必ず天罰、報いが来るもんで、結末はと言うとニコラス・ケージ主演の映画「60セカンド」そのまんま、2年ばかり乗った最後は見るも無残な姿となってしまった。そうなのだ、あの映画の最後に出るEleanorがGT500なのだ。現代のタイア、ホイール、エアロパーツを装備しているがあれこそ67年式GT500そのもの。パトカーと追いかけっこしてボロボロになったやつではなく、最後のシーンでニコラス・ケージが仲間からプレゼントされるほとんど入れ物だけのGT500が隊員が追いかけっこをした訳ではなく盗まれてしまった隊員のGT500の最後の姿だった。この映画を見て涙を流したもんだ。

ただおりた保険金で、一時は真剣に考えた首吊り自殺もせずに何とか学業を終えられたのだからやはり人生捨てたもんじゃない。

無理な背伸び、分不相応な事をしてはいけないという人生の典型的な見本だった。そんでもって今はと言うとTJの指摘通り、このあたりが分相応と、せっせとPDAを買いあさっているのだった。

最後にこのGT500、コレクターズアイテムとして健在だ。相場を調べたらUSドルで5万程度から、そしてEleanorの様に非常に良く整備、ドレスアップされた物だと10万は軽く超える値段が付いている。隊員のGT500も健在だったら、、、、いや、考えない事にしよう。

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XDA IIs はBMWの香り

Posted by toji on 16th 11月 2004

報告者:TJ

人柱隊のメンバーは全員車好きである。しかしそれぞれに好みが違う。バスターはIBMシンクパッド同様、質実剛健のメルセデス派。SEC500という5リッターの2ドアスポーツクーペ(しかして4人乗り)に乗っている。私TJはアップルのCEOスティーブジョブズと好みが似ているのか(洗脳されているのかもしれない)、パワーブックをこよなく愛し、車もジョブズ同様BMWにのり、(ジョブズのBMWの車種は知らないが、私は730iである。)XDA IIsに出会うまでは彼も愛用しているTreo600を使っていた。
YKK師匠は、香港でこそ車に乗っていないが、元レーサなんである。速くなければ車ではない!といい続け、わたしのBMWなどは車ではないといっているのである。1967年、アメリカに住んでいた18歳のときに、日本に帰任することになった親父さんからもらった4年間の学費と生活費のほぼすべてを一瞬で使ってシェルビーGT500を購入したという恐ろしい人なのである。このシェルビーGT500は映画60セカンズでも登場する知る人ぞ知るスピード狂のためのクルマである。37年前に6000米ドルしたとのことであるから、当時のレートで216万円。現在の値段では1000万円はくだらないであろう。
最近のエントリーにも、物欲が爆発しているようなことを書いておられるが、YKK師匠の物欲は18歳でピーク、弾けまくっていたのである。いまはもうすっかり落ち着いていてこの程度なのである。このあたりに関しては、詳細を話して下さるでしょう。>師匠!!

さて相当横道に逸れたが、XDA IIs に話を戻そう。
「XDA IIsはさすがヨーロッパで評価され鍛えられたデザイン・テイストではないか?」これはGSM研究家として名高い香港@山根さんの第一印象である。そしてそのお言葉を頂戴した瞬間、何故に愛していたTreo600をサブ機としてまでも、XDAにはまっていったかが分かった!そう、とにかく美しいのである。黒とガンメタリックの見事な調和は、これまでのPDAデザインのどれとも違う美しさを持つ。またその質感も相当に高い。ドイツ・アウトバーンで鍛えられたBMWのそれと同じ美しさなのである。

XDAIIs.jpg

黄昏時、林立するビルのあいだに立ち、すっとキーボードを引きだす。控えめに蒼く光るキーボード・バックライト。手早くキータイプし次のアポを確かめる。こんなシチュエーションを想像したらもう、Treo600は色あせてしまうのである。私はホイチョイ・プロダクションの見栄講座で育った世代であり、見栄張りこそ人生というのが染みついている悲しい男なのである。だらだらと書いているうちに意味がさっぱり分からなくなってきてしまったのでこの辺で話を切り替えよう。

XDA IIs と Treo600との比較

XDA IIs の機能に関してはWiFi、Bluetooth、キーボード内蔵となんでも来い!という仕様であるから最強だと思う。
さてそれでは使い勝手はいいのか?というと、これは難しい。XDAを使って感じるのは、Treo600の携帯電話としての使いやすさである。
Treo600は携帯電話としての機能を拡張したところでPalmをうまーく取り込んでいるという印象。決してPalmが拡張して電話機能を取り込んだわけではないのである。それ故、キーボードはスライド式ではなく、必然として表に出ているのであろうし、片手で持ち、親指で操作することを想定すると、大きさ(横幅)もアレが限度なんだろう。

これに対するXDA。キーボードは伸縮型で本体から飛び出してくる構造であり、かなり大きいので、両手で持たなければならないという場面が頻繁にある。これはつまり、電話をかけるという機能を一義的なモノととらえていない証拠であろう。その代わり、メールの読み書き、動画を見る、音楽を聴くといった作業になると、これはもう圧倒的にXDA IIs が優れている。もちろんTreo600に各種ソフトを入れれば出来るのだが、XDAは最初から使えるという部分がよいし、画面の大きさや解像度が、コンテンツをリッチにしている。

携帯電話とPDAの融合したこれら二つの製品は、「出来ること」という意味では似たものとなっているが、製品としての使い勝手や性格はかなり異なるわけだ。
正直言って電話をかけるという部分に関しては、Treo600の圧倒的な勝利である。XDA IIs で電話を使うといまでもちょっとストレスを感じてしまう。でも美しさ故に許せてしまう。ああ悩ましい。

まあ当面は二台体制で行こうではないか。どうせ真打ちTreo650は来年3月なんだから

と思っていたら、いまうちの購買担当が

「TJさん!いまPalmOneの香港事務所に電話したら、Treo650をクリスマス前に発売するんだって!」

ガーン!!Treo650買うお金がアリマセン・・・・・

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今更Clie?

Posted by ykk on 12th 11月 2004

報告者: YKK

このところ迷える羊は迷ってる時間は数分というペースで色々と買いあさっている。まずはV3、次はiPAQ h4100(これは実際には購入した訳ではないがおまけでも結局コストはかかってる)。そして今回SonyのClieTH55を買ってしまったのだ。

ClieTH55.jpg

何でまたClie?実は普通の日本で売っているモデルではないのだ。UKバージョンで日本仕様とかUS仕様にはないBluetoothが付いているのだ。WiFiとBluetoothと両方付いているのはこのUK仕様しかない。

日本で売っているモデルは上部のSONYのロゴの下に Power Rec “ “ WLAN とそれぞれが起動している際に点灯するランプがあるのだが Rec to WLANの間が抜けていて何となく間が抜けてる。このUKモデルには “ “の所にちゃんとBluetooth が入っており使用時にはブルーの色で点滅して格好がええのだ。やはりNokiaに代表されるようにヨーロッパ製の携帯電話にはBluetoothが付いているように、それを利用すべくヨーロッパでのPDAにもちゃんとBluetoothが付いているのだ。

Treo600を売却してしまいPalm機が古いClieのNR70Vしかなくなってしまった。何だかんだと言ってもPalmが無いと落ち着かない。それで色々物色していたが日本で発売されるモデルはまずBluetoothが無い、これは電話機能のないPDAにとっては必要不可欠だが変にPHS通信カードが普及してしまった日本ではBluetoothは必要ない機能として切り捨てられた感がある。でも日本ではこのTH55なんか「ワイヤレスLAN機能を内蔵。2.4GHz帯のワイヤレスLAN環境のあるオフィスや自宅、駅、カフェ*などのアクセスポイントからアクセスできます」と宣伝してるが、アクセスポイントが無い所でアクセスしたい時はどうするの?PoketPCならCFのPHS通信カードが使えるがTH55にはCFスロットが無い。何かSONYはメモリースティックをはじめおかしくないか?

やはりPHS通信カードなんかは世界に関係なく独自に何でもやってしまうという日本の文化の典型だろう。唯一Bluetoothが付いてるがバッテリーの問題も含めて今更の感があるUX50でもないのでこまっていたら、このTH55UK仕様が目に付き数分の迷える羊を演じた後即購入した。注文して翌日にはもう配達されてきた。

早速山田さんのJ-OSを入れて日本語の入力、表示を可能にした、感謝!!Sony独自のClieOrganizerという手書き感覚の機能は何となく便利そうだがまだどうやって使うのか良く分からない。

次は通信、ネットに繋がらないPDAなんて物はPDAでは無い。WiFiはその環境下にあればいとも簡単に接続出来てしまうが、現実は日本を含めWiFiが使えないケースの方が圧倒的に多いのだ。そこはやはりホットスポットなんか関係無いBluetooth接続の携帯電話経由のGPRS接続となる。PocketPCと出来たので当然出来るだろうとV3経由を試した。ところがまったくダメ!そもそもこのSONY流PalmであるTH55の設定自体が本家のT3あたりのそれと微妙に違うのだ。

それでとにもかくにも繋がらなければ始まらない!当座はV3は諦めて選択肢として既にTH55の設定に入っているEricssonのT610というモデルを中古で購入することにして山根さんに無理をお願いして一緒について行ってもらい最低限のQCチェックをしてもらった。T610が適度な物がなくたぶん同じだろうと思いもう少し新しいT630というモデルをHK$1,280で購入した。

ところが既に入っているT610のドライバーを使用してもモデルが違うとのメッセージが出て接続出来ない。このままではT630が無駄になってしまう!

どうも色々と試してみると問題はTH55側にあるようだ。経由する携帯電話によりドライバーファイルが存在するようで、Connectionの設定でどのモデル(ドライバーファイル)を使うのかを選択するようになっている。内容を見てみるとモデムの初期化コマンドのようだ。PocketPCの時に使用した物とはまったく異なる。Palm用のそんなドライバーファイルなんて聞いた事もなく結局ネットで探しまくったあげくここにそれらしいのを見つけた。そこには古いモデルのドライバーしか見当たらなかったが思うに最近のモデルとかはドライバー自体が必要無いのか古い物を使っても問題無いのかだろう。ままよと上記からMotorola V66用と Standard GSM Phone 用のドライバーをダウンロードしてTH55にインストールして使ってみた。MotorolaV66を選択したV3経由も試したがダメ。Standard GSM Phone用はバッチリT630経由で接続出来た。ちなみにこのドライバーを使ってもV3経由ではダメだったが、何はともあれ目出度し、目出度し。

これで隊員のドラエモンバッグには

IBM ThinkPad X31
Zaurus SL-C760 + AudioVox GPRS Card
iPAQ h4100 + V3
Clie TH55 + Ericsson T630

と3種類のモバイル環境(SIMカード3枚!)更に上記のアクセサリー一式が入るようになり重量もゆうに10KGも超えてしまう。それにしても世に存在するメジャーなPDA3種類を全部を常に背中にしょってるって事はそれだけで満足感がある。でもこれってかなり異常だね。

それでもってかるーいV3で電話を掛けて受けて、「うん、これは小さくて軽くてええわ」と一人悦にいっているのだ。

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情けは人の為ならず!

Posted by buster on 11th 11月 2004

報告者:バスター

見てくれ!TJがわざわざ、IBMThinkPadT42pを東莞まで持ってきてくれたのだ。自分のマックは香港に置いてきたのだ。大感激である。Ulead社のメディアスタジオプロ7.0にJVCハイビジョンカメラのプラグインを使用して、ハイビジョンムービーを編集するのが、このT42p購入の一番の目的だ。

今回は、メモリーを2GBにした。ここで皆さんに聞きたいのだが、Ulead社のメディアスタジオプロを起動させても、滅多に500KBを超えてメモリーを消費しているとは思えないのだ。

近頃、YKKのポケットPC設定とか、T42pハンドキャリー等で、TJの太っ腹度が目立ってきた。しかしながら、YKKの想像の通り、TJは、東莞でも、「O2XDAIIs」を自慢しまくっている。

情けは人の為ならずとは言ったものである。

BusterinDongguan.jpg

しかし、まぁ傍から見ると、沢山PCとかPPCがあるねぇ!モトローラの電話はちゃんとプレゼントしたのだ。人のプレゼントを横取りなんてねぇ。(するかもしれない。)

バスター

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告白、懺悔

Posted by ykk on 11th 11月 2004

報告者: YKK

実はとてもみっともない事があった。恥の上塗りで報告する事にしよう。

今年の3月頃だったかあるソフトウェアを購入したらおまけでHPのiPAQ h4100をもらった。おまけと言っても基本的には購入した品物にオンされてるのだろうから結局タダじゃないんだろうけど、タダだと思っている。

h4100.jpg

これを一度も箱を開けず、ごくつい最近まで半年以上棚に置きっぱなしにしておいたのだ、存在すら忘れていた。ふと思い出してV3を購入する資金源にとTJに売却する事にした。留守中におじゃましてTJの机の上にドーンと置いておいたのだった。週末をはさんで行ってみるとTJが何か小さくてカッコがええiPAQを持っておりSkypeをやってるではないか。

「何それ?」って聞いたら「あれ?ほら、あれですよ」、何と隊員が売っぱらおうとしたやつではないか!何とこれBluetoothもWiFiも付いているのだった。何か急に売るのが惜しくなった。見れば日本語化も(中国語の読み書きもOK)ほどこしてありSkypeも入っており何もしなくともそのまんま使える。聞けば週末家庭不和をおこしてまで設定をしたとの事。

即「売るのやーめた」とはなはだ見っともない言葉が口を出てしまった。そこは太っ腹、やさしいTJ、「良いですよ」と気前良く返してくれた。ごめんなさい、そして感謝!

現在かなり気に入っている。何と言っても普通のPocketPCに比較して小さくて軽い!130gしかない。これに85gのV3はベストマッチングだ。V3経由でのGPRS接続も成功(既に報告済み)したし、両方合わせても最近TJやAsukalさんがはまっているXDAIIsより軽いし体積も小さい!なにより本来の携帯電話としての動作がどう考えてもXDAでやるよりV3の方がかっこがええ。

何てかってな事をほざいてますが、来月頃まったく反対の事を言っていたり、「何の事?」なんて空っとぼけて平気でXDAを使っていたりしても一切責任はとりません。

うん?でもこのおかげでTJはXDAIIsを購入出来たんじゃないのかしら?

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V3経由でのデータ通信に成功!

Posted by ykk on 10th 11月 2004

報告者: YKK

やったー!2日間の格闘の末とうとうPocketPCのV3経由でのGPRS通信に成功した。ともかくMotorola機は初めてだったという事とV3自体が新しい機種なので情報が少なくCSLショップはてはMotorolaでも「????」だった。その理由としては、まずV3の購買層としてはこれをモデムにしてデータ通信なんかする人がいないという事だろう。やはりこんなスマートフォンでも何でもないものすごーく高い携帯電話なんだから、データ通信なんてよりかっこよく電話を受けて掛けるという動作がうりなんだろうし、データ通信やりたきゃもっとださい携帯電話を買えという事でしょう。

しかしモバイル人柱隊としてはかっこええのは勿論だが、やはりネットに繋がらないのじゃ電話じゃない!ともかく各種設定がMotorola機はNokiaとかEricsson機と全く違う。良くコンセプトが分からない。そこで何はともあれやってみる事に、、、

Bluetooth自体のV3とPocketPCとのペアリングは全く問題無く完了。その後PocketPC側からV3のBluetoothのダイアルアップモデム機能を使い *99# にダイアルするように設定しいざ「接続」。うん?何かおかしい!Bluetooth自体のV3とPocketPCの接続はV3側でBlueのLEDが付きV3の画面にBluetoothのマークが現れるので問題無い。ところがその後が「うん」とも「すん」ともいわない。どうもモデム自体が正しく初期化されてないようだ。ところが初期化コマンド自体がわからない。そこでこまった時のインターネット、ともかく探しまくったら下記サイトにたどりついた。

http://www.pdagold.com/forums/view_topic.asp?t=4395

ここに参考になる初期化コマンドがあった!+CGDCONT=1,”IP”,”internet” がそれだった。”internet” というのはたぶんGPRSのAPNだと見当をつけてCSLのそれhkcslに変更して +CGDCONT=1,”IP”,”hkcsl”; を初期化コマンドとして使ってみた。そしたらどうでしょう、ビンゴ!簡単に接続出来てしまった。うーん、今回はかなり人柱度が高かった!

アドレス帖だがMobilePhoneToolで姓と名を逆にしてシンクやりなおしたらちゃんと日本語の名前も正しくV3上で表示が出来た。勿論それをどうやって検索するんだという問題は残る。色々聞きまくったがやはり600件近くあるアドレス帖を絞り込む動作は出来ないようだ。やはりスマートフォンじゃないんだから600件も入れるほうが悪い、そんなに大勢に電話を掛けるはずもない。せいぜい登録する必要がある人は百人もいないだろう。それで工夫する事にする。

何だかバスターもギフト用をギフトするのを止めて自分で使ってるようだ。V3ってやはり携帯電話としては悪くない。当分はお世話になるようだ。

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東莞市の中心でハンドキャリーを待つバスター

Posted by buster on 9th 11月 2004

報告:バスター

幸せな老後を目指して、稼がなければならない。だから、東莞市に朝から晩まで詰めて仕事をこなしているのだ。これは家族愛であり、我が社で働く、従業員の皆さんの明日の飯の種を稼ぎ出す為であるのだ。会長という役職は、然るべきものである。

だが、俺のいない香港では、社員はもちろんの事、TJ等の取締役も首を揃えて、モバイルのNewArrivalをいじりまくっているではないか!俺だってやりたい!早く、人柱度の高い事やって、ブログに書き込みたいのである。

そんなんで、バスターもIBMT40pをIBMウェブサイトで購入。今、T40pというと、指紋認証付きというモデルであるが、バスターのは指紋認証モデル前の最後のモデルである。2.1GHXのプロセッサーモデルではない。数日の違いで新モデルを買い損なったのだ!とっても悔しいのである。

皆さんは、TJのVAIOType Uの金型つくりに協力してもらった、S田さんを覚えているだろうか?。金型の魔術師の彼は、毎日忙しそうに飛び回っているのだ。その彼に日本行きの仕事を作らせ、T40pはめでたく香港に到着したのである。人柱隊ご用達ハンドキャリーマンとしての活躍は目覚しい。感謝!

IBMThinkpadは日本語キーボードが標準でついてくる。しかし、バスターは根っからの英語キーボードファンであり、日本語キーボードアレルギーである。

我が家の息子達にも日本語キーボードは使わせない。日本在住の母親も、Thinkpad R32を使っているが、英語キーボードにOSも日本語である。

だから、日本IBMに対して英語キーボードを別途注文しなければならないのだ。面倒であり、金銭的にも面白くないのである。これも母親にファックスとか頼んでゲットしてもらった。

T42pと英語キーボードをとりあえず合体。これは簡単であった。R50pでも同じ事をやったので問題なく装着できた。ところが、R50pでは簡単に英語キートップを認識したものの、T42pは英語のドライバーを認識していない様子なのだ。

色々とウェブで情報を探っていると、ClubIBM殿の過去の書き込みに、WindowsXPのバグで、一度、他のキーボードドライバーを認識させて、その後に101英語キーボードを認識させると認識できた。分かってみれば簡単な事であるが、「なんでだろう?」と、深みにはまってしまい、結局T42pは香港において、R50pを背中に背負って、中国東莞市に入ってきたのだ。

悲しいが、今週の土曜日までお預けである。うわぁ!誰か、俺のT40pを東莞まで持ってきてくれ!おい!今、頭を隠した明日、東莞でインプリメンテーション打ち合わせに来る某B氏、付き添いのTJ、おおーい、知らん顔するな。なんだよぉ、Skypeをオフラインにすることないだろぅ! バスター

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最高のスマートフォンかもしれない、第三世代 XDA IIs

Posted by toji on 7th 11月 2004

報告者:TJ
HPの63XXが欲しかったのだが、香港で正式に発売されないのはハッキリしてきた。
安くなってきたXDAの第二世代である XDA II にしようかなとも考えたのだが、それって人柱的じゃないよなぁ
だって中国で孤軍奮闘する同志AsukalさんはすでにXDAの第一世代、第二世代共に日本語化だけではなく、中国語の表示にまで成功しておられる。
そんなときに小耳に挟んだ、XDA第三世代機の噂。更にそれを裏付けたモンコックの量販店でXDA IIs 来週発売!という張り紙に激しく反応した私はすぐにAsukal同志に本件を報告した。さすがはAsukal同志、「即代理購入セヨ!」短いながら的確なご指示。しかしナゼ?代理購入?それに対して同志は答えた。「発売日に私は香港にいない、しかし出来る限り早く触りたい、値段はいくらでもヨイ」さすが太っ腹である。

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ということで某所に電話し、予約を入れた。
今週は火曜日からずっと東莞だったので、出先からSkypeでうちのスタッフに電話をかけまくり正式な発売日を確認させ続けた。11月5日の金曜日にようやく6日の土曜日に発売されることが判明した。
いよいよその6日。朝から緊張してデリバリーを待った。11時に到着。開梱したい気持ちが強いが、実はこのニュースを聞きつけた方々と昼食の約束をしたのであった。一緒に開梱して興奮と驚きを共有したかったのだ。

1時にチムシャーツイの西村に、集合したのは、某社社長の丸ちゃん、GSM携帯の知識に関しては世界一と自他共に認める香港@山根さん。バスターと私の4名である。YKK師匠は残念ながら仕事が忙しく参加できなかった。
飯を早々に食って、早速開梱。本体は黒を基調にしており、これまでのシルバーとは違うが、かっこいいの一言である。引き出し式のキーボードはSL系ザウルスに近い感じで、意外と押しやすい。
Asukal同志からは触りまくってもヨイとお許しを頂いていたので、遠慮なく触り続けていたが、いつしかこれを日本語化したいという欲望がわき上がってきた。押さえることが出来ない私は「もう一台購入!」と注文を入れた。

最近はHPのhx4700 、YKK師匠のHP h4100と立て続けに日本語化を行ったお陰で、もう目をつぶってでも日本語化は出来るようになっている。当然だが問題なく日本語・中国語の二カ国語が表示できた。

これがあれば、GSM電話はもちろん無線LAN環境があればSkypeと使い分けることが出来る。最高だ。Treo650が発売されるまではこれでいこう。Asukalさん日本語化してしまいました御免なさい。許して下さい。それといつもの詳細検証を期待しております!

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